「これからの学びを誰に届けるのか?
学びたい人だけを相手にしていていいのか?」というテーマへの私からの応答。
学びたくない人なんて、実はいない(と思いたい)。
学ぶ余裕がない人ばかりなのでは?
階層別の学ぶ機会は整っている。担当の先生も一生懸命に企画・運営している。それでも、こんな声が…
階層別に学ぶ機会を用意し、先生も一生懸命に企画・運営している。
「自分、成長していますか?」という不安。
良い実践をしていても言語化できない=伸びていない、と本人が思い込んでいる。
疲れている人に「もっとやること」を足しても、続かない。必要なのは新しい課題ではなく、思い出す機会だった。
新しく何かをさせるのではなく、
ふと自分の実践を思い出す瞬間を、つくれないか。
学んでほしい。専門性を高め、理論的に語れるようになってほしいと思っている。
良い実践をしている実感はある。でも、それを振り返り、言葉にする余裕がないだけかもしれない。
その間をつなぐのは、優秀さではなく「両方の言葉がわかる人」
→ 実は、これも「ふと思い出させる」仕掛けだったりします。外向きの仕事が、自然に自分の実践を言葉にさせる。
それが、今のうちの本丸の課題です。
橋渡し役の変化を、「仕組み」として広げますか?
それとも「自然な伝播」に任せますか?
優秀なエースではなく、「両方の言葉がわかる人」に任せることが鍵かもしれません。
みなさんの園では、誰が管理者と実践者をつないでいますか?